「――……」
夜も更けた頃、ふと目が覚めた。
「…………」
なんとなく――……体に何かが触れたような気がしたような、
「――……え」
目を開けて一番に目に入ったのは――……。
「て、天々……?」
天々の姿だった。
優。
天々×雨久
「起こすつもりは無かったんだけど起こしたな、ごめん」
真夜中の天々の登場に眠気もどこかへ消え、ふたりで縁側へと座った。
「全然かまわないけど――……どうしたんだ」
こんな夜中に天々が来るなんて珍しい。
前に一度だけこうして会いにきたことはあったがそれはまた別の話。
「何かあったのか?」
特に様子も変ではないから困った事があった訳でもなさそうだが――……。
「はは、なんもねーよ」
天々は狐だから夜行性の部分があるからどこかへ出かけていてその帰り、とかだろうか。
「ただお前の顔が見たくなっただけ」
「………………」
「今日はほら、お前と会ってなかったから」
確かに今日は天々が用事で留守にしていた為顔を合わせていなかった。
「顔だけ見て帰ろうと思ったんだよ」
まさかそんな可愛い理由で会いに来てくれたとは。
「――……そうか」
夜が明ければすぐにでも会えるのにそれすらも待たずに会いに来てくれるなんて嬉しくない訳がなく、嬉しくなった。
「!」
床についていた手に天々の手が重ねられて、
「――……」
ただそれだけで天々は何も言葉にはしなかった。
「、」
――……なんだ、この照れくさい状況。
「………………」
ただ指を絡ませるだけで本当に何も言ってくれなくて、
「きょ、今日はどこに行っていたんだ」
耐えきれず、自分から口を開いた。
天々がこういう事を何事もなくすることは多々あるが――……未だに慣れない。
恥ずかしくて、心臓が痛くなるというか……。
「お師匠の手伝いで隣町まで」
「杏子様のお手伝い……という事はあれか?」
「そうそう、あれ」
あれというのは占いだ。
杏子様は妖怪だけではなく、人間も同様にして占う。
今日はそれのお手伝いだったという訳か。
面倒だから占いで商売はしないと言っていたけど折角持った力なのに勿体ないと俺は思う。
前に女難の相が出ていると杏子様が言い、天々もそれに同意したから信頼できる能力のはずなのに。
「なんつーか、」
「!」
天々の頭が軽く俺の肩へと乗せられた。
「ちょっとだけ――……疲れたな」
それもそうだろう。
手伝いと行っても仕事には変わりないだろうし、人間相手だろうが妖怪相手だろうが客商売のようなものだから気疲れもするだろうから。
それなのに俺に会いに来てくれるなんて――……俺が寝ている確率の方がずっと高いのに。
「――……お疲れ様」
「ん、」
労いと来てくれた事への嬉しい気持ちが伝わるように天々へと頬を寄せた。
「――……」
そうしていると少しだけ、天々が離れた。
「それじゃお前の顔も見れたし、帰るわ」
「――……折角だから泊っていけばいいのに」
きっと夜が明ければここへ来るはずだ。
それなら泊っていけばいいのに。
「今日は帰るよ、風呂入ってないし。
また明日、お前に会いに来る」
「――……」
そう言うと天々は背を向けて本当に帰ってしまった。
「――……」
毎日のように会いに来てくれるのに泊る事はあまり無い。
夕食を共にしても帰る事の方が多いし……。
もっと一緒にいたいと思うのは俺だけなのだろうか――……?
「あれ? お前だけ?」
陽が上り俺の仕事も一段落した頃、天々が顔を出した。
「雨露様は昨夜から雷梦様とお出かけになられているんだ。
明日、戻られる」
雨露様は雷梦様と少し遠い街へとお出かけになっており、この屋敷にいるのは俺だけだ。
「あ――……そうだったのか」
「?」
少し残念そうにすると天々はいつものように縁側へと腰を下ろした。
「雨露様に何か用事か?」
そんな顔をするという事は何か用事でもあったのだろうか。
「いや、そういうんじゃない」
「……?」
よくわからないが――……明日には戻られるから急ぎでなければ大丈夫だろう。
「あ、それじゃ今日は泊っていっていい?」
「え?」
「いいだろ、別に」
「それは構わないけど……」
天々が泊っていってくれるのなら俺は嬉しい。
でも昨日は泊まらなかったのに……なんて思ったが天々と一緒に過ごせる事が嬉しくてその疑問はすぐに消えたのだった。
「そういえばさ、昨日……」
天々は話を変えるように切り出すとどこからか木箱を取り出した。
その木箱には見覚えがあり、いつぞやの油揚げ……?
「――……これは?」
開けられた木箱の中には油揚げではなく美しい砂時計が収められていた。
「綺麗だろ」
「あぁ、すごく綺麗だ」
砂は輝く空色で本当に綺麗だ。
「ほら――……」
「!」
ふ、と目にかかった髪に天々の指が触れた。
「お前の瞳の色みたいだろ――……?」
視界に映ったのは少しだけはにかんだような顔で……。
「こんな事言うと笑われるかもしれないけど、」
「、」
ゆっくりと狭まる天々との距離に心臓が跳ねてしまう。
「お前と離れると、なんていうか……」
「――……?」
このまま唇が触れてしまいそうな所で天々の頭は俺の肩へと埋められた。
それでも天々との距離に心臓は落ち着かずにうるさいばかりだった。
「恋しくなるっていうか――……」
「!」
恋しくなる。天々が。俺を。
「早く帰って、お前に会いたくなる」
「て、天々……」
心臓が停止してしまったように、息をすることを忘れてしまった。
「だからなんか買ってきた」
ゆっくりと離れると天々は俺へと砂時計を渡した。
「あ、でもなんか三分測れるらしいからなんかに使えるだろ」
「――……そうだな」
俺の事を考えて買って来てくれたのか――……。
「大切にする、ありがとう」
「ん、そーしてくれるとありがたい」
天々の気持ちが嬉しいのにこういう時、他に何を言えばいいのかわからない自分に少し苛立った。
天々のようにすらすらと気持ちが言えたらいいのに、
肝心な時に俺の頭は回転してくれない。
昨日だって、もっと一緒にいたいとそう言えばよかったのに――……。
「――……!」
不意に天々の手が頬に触れて、
「――……なに?」
「え?」
逆に俺へと問いかけたのだった。
勿論冷たくではなく、優しく。
「なんか言いたそうだったから」
「……そ、そうか?」
顔に出ていたのか……。
「なんでもどーぞ?」
「………………」
そう言われると思った事を伝えないといけないような気がして、
でも俺自身何を言いたいのわからない。
「その、」
「?」
「俺は天々のように言葉がスラスラと出ないから……」
もっと天々のように想いを伝えられたらいいのに。
「そうか?」
「……今だって嬉しいのにいい感じの言葉が浮かばない。
それに昨日だって、」
「昨日?」
「……もう少し一緒にいたかったと言えなかった」
あの時言っていたら天々はもう少し一緒にいてくれただろうか。
「ただの我儘だけど……」
天々は優しいから俺が我儘を言えば聞いてくれるのだろうな、きっと。
「でも天々は疲れていたから……やっぱり言わなくてよかったのか」
「はは、そんな事考えてくれてたんだ」
「……まぁ」
「別に疲れとそれは関係ねーだろ。
別に重労働してきた訳じゃねーし」
「でも昨日疲れたと言っていたから……」
雰囲気的にもぐったりしていたように見えたし……。
「それはお前の顔見たから甘えただけ」
「えっ……」
天々が俺に……。
「ほら、なんかあるだろそういうの」
「それは……その、どういう……」
くそ……天々の言葉が何を指しているのかが俺にはわからない。
「ほっとするってやつ」
「………………」
「…………わかってくれてる?」
「そ、それはつまり俺の顔を見たら天々はほっとして、甘えたくなるという事か……?」
「まぁそういう事」
「……そうですか」
「なんで急に敬語に戻るんだよ」
だって天々が、
「うわ――……真っ赤」
天々が嬉しい事を言うから。
それに天々に甘える相手がいる事は俺が言うのも変だが嬉しい。
ずっと甘えられなかった天々が甘えられるのはとてもいい事だ。
「……もう見ないでくれ」
ただその相手は自分だ。
いや別に今日初めて気がついた事ではない。
天々とこういう関係になってから天々から甘えられていると
思った事は何度だってある。
あるが……いざ言葉にされると――……照れる。
「あと俺が昨日帰ったのは雨露がいると思ったからだよ」
「え?」
予想していなかった言葉にまだ顔が熱いのに天々へと顔を向けてしまった。
「まぁあいつが物音とかで起きるとは到底思えないけど……
お前が気にすると思って」
――……なんだ、そうだったのか。
「雨露がいないんなら泊ってけばよかったな」
「、」
掴まれていた腕はいつの間にか離されていた。
「ちょっとだけ離れてただけで恋しくなるような男なんだし……
俺だってお前ともう少し一緒にいたかった」
「!」
――……なんだ。
天々も同じ気持ちでいてくれたのか――……。
それならちゃんと言えばよかったな、本当に。
「、今日は……一緒にいてくれるんだろ?」
「まぁ、泊ってくし。一緒にいる」
天々が俺の言葉を無視した事なんて無いのに――……。
いつも天々は俺の言葉に答えてくれる。
それはどんな小さな事でも同じだった。
「それにそんな可愛い顔してそんな可愛い事言われるとな~」
「……なんだそれは」
どこにそんなものを感じたのかは謎だが……天々はよく俺に可愛いと言う。
俺なんて小柄な方でも無く普通の男なのにいつもどこにそんなものを感じるのだろうか。
天々がそういう感情を俺に抱いてくれるのは嬉しいが――……謎だ。
「――……」
「………………」
何も言わず天々は俺を見るだけで……。
「……」
何か言うのだろうかと待ってみても言葉は無く……。
俺の方が先に逸らしてしまった。
「天々の方こそ俺に何か言いたい事でもあるのか……」
そんなにじっと見てくるのだから何か言いたい事でもあったのだろうか。
「別に何もないけど」
そう言われると何も言えなくなるというか……。
「あ――……まぁ強いて言うなら」
「…………?」
「触りたくなった」
「…………俺にか」
「お前以外に誰がいるんだよ」
「それはそうだけど……」
触りたくなったとは……その、どういう意味でだろうか。
「という訳でちょっと触らせろ」
「、え……ッ!!」
触れられるのは一向に構わないけど……どう触れられるのかわからずに身構えていると天々の手が触れたのは――……。
「――……」
俺の髪だった。
……なんだ髪か。
「………………」
天々はただ髪に触れるだけでそれ以外は何処へも触れなかった。
「……定期的に髪に触りたがるな、天々は」
「ん? まぁ、お前の髪触るの好きだし」
襟足からゆっくりと移動する手は後頭部へと周り、
「綺麗だし――……」
そのまま引き寄せられるようにされ、唇が軽く重ねられた。
「なんか好き」
「……ただの髪が?」
「うん」
俺の髪が好きだなんて変な事を言う。
サラサラでもなければ普通の髪なのに。
でも天々はいつも優しく触れてくれて引っ張られた事なんて一度も無かった。
「――……」
それは心地よくて愛おしい時間だった。
ただ――……。
「……天々のせいだ」
「なんかほら、雨っぽい」
「全然ぽくない」
天々によって三つ編みにされた髪は跡がついてしまい、俺の襟足は風呂に入るまで
ゆるふわになってしまったのだった。
優。 終
フリリク企画/きなこ様
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