傍。









「天々」

綺麗に晴れた昼下り。
雨久に会いに行こうかと考えていると本人が目の前に現れた。

「丁度お前に会いに行こうと思ってた」

「そうだったのか――……」

俺の隣に腰を下ろし、

「同時に同じ気持ちになるなんて、余程気が合うらしいな」

口元を緩ませながらそんな事を言った。



 傍。
  天々×雨久




「それじゃ雷梦と出かけてんのか、雨露は」

「あぁ」

雨久と会って特別何かをする訳でもなく二人で茶を飲みながらこうして縁側で過ごす事が殆どだった。

「最近よくお出かけになるから――……雨露様も楽しそうだ」

「まぁ雷梦はそういうの好きだからな―。
雨露にもいい刺激になっていいんじゃねーの」

雨露がひとりだったら山から下りる事はあまりしないだろうな。
そういう雨露だからこそ雷梦は余計に連れまわすのだろう。

「そうだな――……。
雷梦様とお出かけになった日は一段と楽しそうにお話をされるから」

「――……、」

そう言う雨久の表情も嬉しそう。

「……なんだ」

「嬉しそうに話すと思って」

雨露の話をするときの雨久はいつも嬉しそうに話す。
慕っている事が滲み出ているというか。

「雨露様の事だからな、嬉しい」

そういう所は雨久らしくて――……可愛いと思う。

「!」

可愛いと思えば触れたくなり、迷うことなく頬へと触れた。
手の甲から伝わる体温は少し熱く、心地の良いものだった。

「なんだ、急に」

割とこうして触れる事は多い。
それでも雨久は触れる度に照れくさそうにする。

「俺の番様はなんとも愛らしいと思って」

ほとんど毎日と言っていいほど顔を合わせているのに愛しさは増すばかりだ。

「…………そうか」

小さな声は消えてしまいそうなくらいで背けられた頬は少し、赤かった。

「愛らしいついでに茶、おかわり」

「なんのついでなんだ、それは」

なんて言いながらも腰を上げ台所へと茶を淹れに行ってくれる雨久。
自分で淹れればいいだけだけど雨久の淹れてくれる茶の方がずっと美味しく、
つい頼んでしまう。

「あ、そうだった」

「?」

何かを思い出したように雨久は台所の隅に置いてあった包みを取り出し、何かを取り出した。

「天々にお土産持ってきたのを忘れていた」

「お土産?」

「今朝作ったんだ」

「おーありがと」

別に手ぶらで来ればいいのに雨久は毎回何かを持ってきてくれる。
大体は茶菓子で大体は手作りだ。

「――……」

ここに来て雨久は本当に料理の腕が上がった。
元々出来た方だったがそれに磨きがかかったというか――……。
おかげで外で食べる事がかなり少なくなった。
勿論誰かに誘われれば行くけど雨久とつい比べてしまう。
雨久の作る方が美味いとか、雨久が注いでくれた酒の方が美味いとか。
以前みこのみが胃袋掴まれているとか言っていたけど俺もそうなんだろうな、うん。

「あ、そうだ。 雨露様が今夜は天々も一緒にと仰られていた」

手際よく動く雨久の後ろ姿を眺める時間は好きだ。

「あ――……そうなんだ。
それじゃお邪魔しよっかな」

なんていうか――……好き。

「出先に酒の美味い店があるそうだから……天々もって」

「へ――……」

「……聞いてるのか?」

「聞いてる聞いてる」

「………………」

雨久がこうしてそばにいる事が当たり前になった。
でもその当たり前をただ生きていくんじゃなくて大切にしたい。
俺と雨久に残された時間がどれくらいかなんてわからないからこそ――……毎日を大切にしたい。

「お前さ、あれだよな」

「?」

再び雨久と縁側で茶と茶菓子を食べて話す。
勿論茶菓子も茶も美味しくてなんとも贅沢な昼間だ。

「雨男クビになったら小料理屋でもやれば?」

「な」

「絶対繁盛するよ」

まぁ雨久にこの手の冗談は通じない事は知っている。
知っているけど――……。

「お、俺は雨男をクビになんてならない……!」

雨久の反応が面白くてつい口に出してしまう。

「そもそも雨露様はそんな事をなさるお方ではない……!!!」

「はは、冗談だよ冗談」

ただあまり長引かせると自分を責めて包丁を持ち出しかねないので二言くらいでやめる。
あ――……初めての梅雨の時は本当に面白かったな。
いつ思い出しても笑える。

「でも雨露が現役で引退したらどうすんの?」

「――……」

これはまぁ冗談ではない。
雨露だって永遠に雨師でいる訳でも無いだろうし――……いつかはきっとやめる。
その時雨久はどうするのだろうか。
かわらず雨露に仕えるのだろうか――……?

「雨露様がご隠居されたら――……きっと雷梦様とお暮しになるだろうな。
その時俺は邪魔になるから――……」

「別にそんな事ないと思うけど」

雨露も雷梦も雨久が一緒に暮らすなら安心すると思うけど。

「――……」

「?」

雨久が少しだけ口元を緩め、

「天々の嫁にしてもらおうかな――……?」

そう言った。

「………………」

俺の嫁……。
雨久の口からそんな言葉が出てくるなんて思ってもいなくて普通に驚いた。
雨露が現役で引退しても雨露のそばにいたがるんだろうなと思っていたから……。

「それじゃ、雨露にさっさと引退しろって言わねーと」

「そ、そんな事絶対にお伝えするなよ……!」

「いいじゃんべつに。
俺だってお前の旦那様になりたいし」

「えっ…………」

雨久と一緒に暮らせば――……それはきっと幸せだ。

「はは、まぁそういう事だからよろしく」

でも雨露が隠居しても今とそう変わらないんだろうな。
雨露も雷梦もきっと一緒には暮らさないだろうし。
だから雨久も変わらず雨露の元で生活を送る。
俺と……と言ってくれた事は嬉しいが雨久の幸せに雨露は絶対に必要だから――……。










「――……天々?」

使い終わった食器を片付け終わるとさっきまで座っていたはずの天々は転がっていた。

あれは多分……寝てるな。

「――……」

転がっている天々を覗いてみると案の定眠っていた。
天々が気がついたら寝ていることはそう少なくもなく、日常的なものだ。
狐が夜行性なせいなのか昼寝は絶対だ。

「そうだ――……」

そういえばこの間、天々の着物が一枚ほつれていたっけ。
丁度天々は眠っているからいまの間に直しておこう。

天々からは家の物はなんでも使ってもいいと許しが出ているがこの裁縫箱は俺の私物だ。
いつの間にか天々の屋敷に俺の私物が増え、何がどこにあるのかも把握できるまでになった。
勿論基本的には触らなようにしているが必要な時は漁らしてもらう。
それについて天々から何かを言われた事は無かった。

「この着物――……」

ほつれていた着物は天々がよく羽織っていた物だが最近あまり見かけなかったような……。

「――……」

――……あぁそうだ。
この着物は俺が選んだ奴だ。

「こんなにほつれるまで着てくれていたのか――……」

もうずっとずっと昔の物なのに大事にしてくれていたんだろうな、
普通に着ていればもっと色あせて、ボロボロになっているはずなのに。

勿論嬉しくない訳が無く、丁寧にほつれた個所を縫い、皺を伸ばした。


「あ――……それ、直してくれたんだ」

「!」

皺も伸ばし終えた頃、声をかけられはっとした。
夢中になりすぎて天々が起きた事に全く気がつかなかった。

「ほつれてきたから、それ以上にならないようにしまっといたんだよ」

「――……大事にしてくれていたんだな」

別に処分してくれてもいいのに――……。

「大事にしてるよ、ずっと」

「――……!」

背後から軽く抱き寄せられ、天々の香りが広がった。

「………………」

そのまますり寄るように頭を寄せられ……。

「天々、痛い」

頭に頭をごりごりされると普通に痛い。

「愛情表現してるんだろ、黙って受け取っとけよ」

「なんだそれは……」

そんな愛情表現初めてされたぞ……。

「うっ」

かと思えば力強く抱きしめられ、手の位置が腹にある為変な声が出てしまった。

「はは、変な声」

「天々が締め付けるからだろ……」

言ってる間もぎゅうぎゅうと……。
たまに天々は子供のように甘えてくるから困る。

困るが……そんな所も可愛いから嫌ではない。

「…………どっか、」

「え?」

何か聞こえたような……。

「お前がどっかに行ったかと思った」

「………………」

それはつまり、俺が何処かへ行ったと思ってこうして探す距離では無いが
探しに来てくれたと……。

「――……だから、」

そこまで言って天々は言葉を切ると黙り込んでしまった。

何か続きがあるのだろうか――……?

そう思って暫く言葉の続きを待った。

「…………天々?」

気のせいか――……?
天々からは言葉では無く寝息が聞こえる気がするのは。

「天々……?」

まさかこの状態で寝るなんて……そう思いもう一度声をかけたが――……。

「――……」

呼びかけて返ってきたのは寝息だった。
……まさかこの体制で寝られるとは。
離れようにも腹に腕が回され下手に動けなくて……。

「仕方のない狐様だな――……」

こんなに強く抱きしめなくても何処にも行かないのに。



結局天々は夕方を過ぎた頃に目を覚まし、雨露様のご帰宅にも無事に間に合った。

ただ……。

「本当ごめん」

「全然大丈夫だ」

暫くして天々は体勢を変えてしまい俺はそのまま顔面から押し倒され……畳に顔半分を数時間預ける事となり……畳の痕がついてしまった。

「縁側のとこで寝てたはずなんだけど……。
なんであんなとこでお前の事抱き枕にしてたんだろ……」

「…………」

そして天々は何も覚えていないようで……無意識にああしてくれたのかと思うと嬉しくて、

「ぐぇ、」

「酷いな……覚えていないのか」

「何が……って苦しいだろ……ッぅ」

あの時天々がそうしたように背後からぎゅうぎゅうと抱き着いておいた。








傍。 終  フリリク企画/灰色二号様

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