騒。









「え――……」

天気が良く、程よい風も心地の良い日。

「え――……じゃないだろ。
天々の家みたいなもんなんだし手伝う手伝う」

雷梦に無理矢理ホウキを持たされた天々はそれもそうかと小さく零すと羽織を脱いだ。

「なんともまぁ……賑やかな大掃除だのう」

これはただの大掃除をする話である。



 騒。
  ALL(ayapura)





「なんだ、このガラクタは」

「そ、それは俺の大切なものでガラクタなどではない……!」

「一応聞いておいてやる。
これはなんだ」

「ふ。それは永遠に回り続けるという……」

「よし止まってるな。捨てるぞ」

「あああああああああああ」

――……またか。
倉庫の方から聞こえる雨露様の声は今ので十は越えているだろう。
いつもなら駆けつける所だが――……今日は心を鬼にしてみこのみへと任せていた。

雨露様の悲痛なお声の理由は通販で購入されたものをみこのみが処分しているせいだ。

「あきねーな、雨露も」

「……雨露様のご趣味だからな」

現代を生きるようになり色々な事が便利になった。
中でも雨露様のお気に召されたのはテレビで、そこから流れる通販番組だ。
俺も注意はしているものの雨露様はいつも知らない間に通販を利用されていて……最早止めらなくなってしまった。

「雨露のあれだけは本当にやめさせたいんだけどな――……」

それは雷梦様も同様でよく止めてくださったりもする。
……が雨露様は止める事をされない。

――……雨露様が望まれたのなら仕方ないかとも思うが……。

「被害者が出るからな、あいつのあれは」

そう、天々の言う通り雨露様が購入される物の多くは危険だ。
そして全てが何に使うのかわからないものだ……。

「やたら他人で試したがるよなあいつ」

「そうなんだよ。
この間とか俺さ――……変な棒渡されたんだけどさ」

――……棒?

「あ――……丁度あそこに転がってる枝みたいなやつなんだけど。
何に使うんだって聞いたら、」

俺は知らないものだ。

「この棒が倒れた方にお宝があるのじゃ……!
とか言ってさ――……小一時間付き合わされた」

「なんか前にも同じような奴買って無かったっけ」

「――……あぁ、あのバールのようなものですね」

それは俺にも覚えがある。
あれも確かそういう類のものだった。

「なんつーか、雨露って馬鹿だよなあ……」

「お前の番だろ、どうにかしろよ」

「気づいたら持ってるんだからどうしようもないの。な、雨久」

「――……」

その言葉に俺は、

「そう……ですね、」

同意するしかなかった。

「ああああああああああああああああああ。
みこのみいいいいいいい嫌じゃああああああ」

その間も雨露様の悲痛な声が響いていたのだった。
そして――……。

「………………お前な」

「なんじゃ、俺は何も悪くないぞ……」

雨露様が悲しむあまり、空からは雨が降り出してしまい掃除は中断になってしまった。

「みこのみが、みこのみが……!!」

「俺がなんだ」

「ああああああああ」

「泣いてももう捨てた」

「あああああああああああああああ」

――……俺はどうすべきなのか。
雨露様がこんなにも悲しまれるのならあのゴミを漁ってでも、

ハッ!!!!

俺は雨露様のものをゴミなどと、

「……雨久までやめろ」

「お、俺は……雨露様の物を一瞬でもゴミなどと思ってしまった、」

「まぁゴミだからな、あれは」

「あ、雨露様……どうかお許しください……!
やはり、俺が取り戻してきます……!」

あれがなんであれ雨露様の為に捨てるべきでは無かったんだ。
こんなにも悲しまれているのに、俺は……。

「――……」

俺の言葉に雨露様はピタっと涙を止め、

「……おい」

みこのみの服でそれを拭った。
――……突然どうされたのだろうか。

「雨久にゴミを漁らせる訳にはいかない。
それに――……あれはもう使わないからいいのだ」

「――……雨露様」

あぁ、雨露様からそんなお言葉が出てくるなんて。

「だから俺の為にゴミを漁るような事はしないでくれ」

「雨露様がそうおっしゃるのなら、」

――……よかった。

「なんだこの茶番」

なんていうみこのみの溜息は聞こえない振りをして雨も上がった所で掃除を再開させる事にしたのだった。


「障子も張り替えんの?」

「あぁ」

掃除も一段落つき、残すは障子の張替えだけだ。
室内の障子は雨露様達が。俺と天々とみこのみで外側を張り替える事にした。

「おい」

障子を外し、障子紙を剥がす為の液体を塗ろうとしていると庭から声が。

「………………」

聞こえたような気がしたがまぁ無視でいいだろう。

「無視すんな、聞こえてるだろ」

……面倒くさいな。
どうやら無視はできないらしい。

「なんだ」

仕方なく庭先へ視線を向けるとそこには思っていた通り、

「お前もっと愛想よくできねーわけ?」

「お前にだけは言われたくない」

雷梦様の従者であるあやの姿があった。

「あーはいはい。 喧嘩しない」

「俺はそういうつもりは無い」

別にあやと喧嘩したい訳じゃない。
ただあやが執拗に俺に突っかかるだけだ。

「俺だってそういうつもりじゃねぇし。
ただ嫌いなだけだし」

「だったら声をかけないでくれ」

「仕方なくかけてやってるんだろ。
お前なんか雨露の従者じゃなかったら、」

「……何度言えばわかるんだ。雨露様だろうが」

「別になんだっていいだろ」

「立場を弁えろと言っている」

みこのみは雨露様の従者であり友人であり、何よりも雨露様が気を許されている。
でもあやはそうじゃない。
雨露様は何も仰られていないが雨露様を敬えないその態度は許せない。
増してや雷梦様の従者でありながら……。

「……なんでお前らはそんなに仲が悪いんよ」

「特に親しくしたいとは思わないからじゃないか」

「そんなのこっちから願い下げなんだよ。 ばーーーーーーーーか!!!」

「――……」

雷梦様には悪いがあやとは一生分かり合えないだろうし、歩み寄る事も無いだろうな。

「――……あや?」

「!」

なんとも言えない空気の中、戻って来たのはみこのみだった。

「みこのみ!」

みこのみを見るなりあやは嬉しそうに駆け寄った。
どうだっていいがあやはみこのみを好いているらしい。

「珍しいな、お前がこちらに来ているなんて」

「雷梦に用事」

好いているのは結構だが態度があまりにも変わりすぎて怖いくらいだ。

「……二重人格者だな」

どうしてそこまで変われるのだろうか。

「聞こえてんぞ」

「あぁ、悪い。 つい心の声が」

「口緩すぎんじゃねーの?
あ、でも口だけじゃないよな緩いのは」

「――……どういう意味だ」

「お頭の話」

「お前よりかはずっとマシだと思うが」

「お前がそんなんだから雨露がいつまでも囲ってるんじゃねぇの?」

こいつ、また……。

「あや。 あまり雨久に噛みつかないでやってくれ」

言い返そうとした俺を制すようにみこみが俺とあやの間に入った。

「別にそういうつもりじゃ……」

「雨久は雨露のそばにいるべき雨男で雨露が囲っている訳じゃない」

「…………」

みこのみの言葉に何か言いたそうな目をこちらに向けてはいるがすぐにそっぽを向き、
あやは黙った。本当にみこのみの言う事だけは聞くんだな……。
雷梦様にだって反抗的な癖になんなんだ、あいつ。

「雷梦様なら奥に雨露様とご一緒だ」

雷梦様に用事だと言っていた事を思い出し、それだけを伝え作業へと戻……。

「そ………………あ」

縁側へと上がったあやは事もあろうか障子を――……踏んだ。

「お、」

「どうせ破くんだからいいだろ、」

開いた口を塞いだのは天々の手で……言葉を飲み込まされた。

「なんていうか……これは本当にごめんわざとじゃない」

「いいからお前は早く雷梦の所に行けよ」

天々の言葉にあやは奥へと消えた。

「なんなんだあいつ……素直に謝るなんて気持ち悪いな」

解放された俺の開口一番はそれだった。
今まであやが俺に対して素直に言葉を発した事なんて一度も無かったせいかそんな事を思った。まぁ俺ではなく天々に謝ったのかもしれないが。

「天々は同じだから嫌いじゃないんだろう」

「…………」

天々があやと同じ……?

「俺の天々とあやを一緒にしないでくれないか。
天々はあんなに捻てないし、優しいんだぞ。
何よりも俺の大切な番だぞ、やめてくれ」

「………………」

「…………」

二人の沈黙に自分の発言にはっとした。

「い、今のは……ちょっと違うな忘れてくれ」

感情に任せて口にした言葉は――……恥ずかしい。
天々の前で俺は大きな声で何を言っているんだ……。

「……」

何も言ってくれないふたりに耐え切れず目の前の障子を破いた。

「俺が言いたいのは獣だという事が同じだという事だぞ」

「そ、うだな……もう少し考えて発言すべきだった」

同じように障子を破りながらみこのみは笑いながらそう言った。

「俺の天々か、ははははは」

「う、うるさいな……! みこのみの言い方が悪い」

何を楽しそうに……。

「よかったな、天々。
雨久が捻くれた雨男じゃなくて」

「まぁな~」

――……なんだこの展開。

「雨久は素直だからな、どっからの誰かさんと違って」

「なんだそれは……」

どこの誰の事を言っているんだ……。

結局その誰かさんはわからないまま障子の張替えも無事に終了した。
途中、帰るあやと小競り合いをしそうになったがいつもの事なので特に気にする事はない。


「はーーーーー終わった!!」

夕暮れ時と同時に掃除も終わり、全員で縁側に腰を下ろした。

「ありがとうございました」

本来なら俺だけでやるべき事なのに手伝ってもらってしまった。

「皆でやった方が早いし、俺らいつも汚してるし」

そう言うと雷梦様は大きな声で笑い俺の背中を叩いた。

「そのような事、」

「お前がいつも綺麗にしておいてくれるから整理くらいしかしていないしのう」

――……雨露様。

「寝てたくせに何言ってんのお前」

「ふはは。 そういう天々だって立って寝てたくせに」

「はぁ? 寝てねーよ」

雨露様は確かにお昼寝をされていたが――……天々も寝ていたのか。
確かに心地の良い日差しで天々なら寝てそうだな……。

「いやだから寝てねーっつの」

「な、何も言っていません」

なんだ天々、俺の心が読めるのか……?

「そういう顔してたんだよ」

「ぅ、」

鼻を軽く抓られ、変な声が出てしまった。

「でもなんか立ったまま動いてない時あったよな、天々」

「…………まだこの話題ひっぱるのかよ」

「俺も見たな」

「お前らは俺の事、監視でもしてんの……?」

――……でも俺は見ていない。
殆ど天々と共にいたような気がするんだけど――……。

「ていうか俺本当に寝てないから。 いつ見たんだよお前らは」

「え――……雨露が寝てからだから昼から……。
あ、そうだ。俺が天々にゴミ纏めるの手伝ってもらう前」

天々が雷梦様とゴミをまとめてくれる前……。

「あ――……………………」

あの時は天々とは一緒にいてなかったっけ。
確か俺は蔵の二階にいた時だ。
でも……。

「ほらやっぱり寝てたんじゃん」

「いえ、」

「?」

「あの時、天々様は起きてらっしゃいました。
蔵の二階から見えたので」

なんとなく視線を下ろしたら天々がそこにいて確かに目が合ったから寝てはいなかった。
今まで天々が目を開けて寝ている姿を見たことも無いから……きっと寝ていないはず。

「へ――……?」

俺の言葉に何故か楽しそうにみこのみが天々を覗き込んだ。

「あーもーいいだろ、別になんでも」

そんなみこのみを軽く押すと天々は居間へと座り直してしまった。

「、」

――……そうだ。俺は夕飯の用意をしないといけないのに何を呑気にくつろいでいるんだ。
そう思うとすぐに準備をするために台所へと入ったのだった。








「なあ、さっきのなんだったんだよ」

雨久が台所へと入ってから暫くして雷梦がそんな事を尋ねてきた。

「天々のか?」

「そうそう」

「――……」

居間を見て見ると天々は今度こそ寝てしまったようで丸まっていた。
おまけにあれだけ寝ていたのに雨露も同じようにして隣に転がって。

「雨久の事を見ていただけだろうな」

「………………」

さっきの天々の反応的にも俺の考えは間違ってはいないはず。
それにこの中で一番常識のある天々があの状況で寝るとは到底思えない。


「あ――……そう言う事か」

「そう言う事だ」

「天々は意外とあれだよな、愛情深いっていうか露骨だよな」

大抵天々の視線の先にあるのは雨久だ。
それにほぼ毎日顔を合わせては茶を飲むという事を何十年と繰り返しているが二人の関係は褪せることなく、番った頃となんら変わりない。

「それだけ可愛いんだろう、雨久が」

今でも天々に触れられると恥ずかしいんだと以前酒を共にした時に雨久本人がベラベラと
話していたからそうなのだろう。

「まぁ、雨男の中で雨久は一番お利巧さんで可愛いもんな~」

「馬鹿だな雷梦は。 そういう所では無くて番としての話」

雨男としての雨久ではなく天々の前での雨久の話だ。
勿論雨男としての雨久の事も愛しく思っているんだろうが――……一番はそこではないだろう。

「だって俺、雨久と天々のそういう話しらないしぃ……。
天々に聞いてもあんま言ってくれないしぃ……」

「元々そういう性分なんじゃないのか、天々は」

天々が自分の事を話さないのは昔からだ。
それを一番理解しているのは雷梦と雨露。 だから雷梦も執拗には聞かないのだろう。

「お前は雨久から色々聞いてるんだもんな~。
なあ、天々と雨久ってどんな感じ?」

「………………」

確かに雨久からは色々と聞いているが他言しない方がいいだろうな……。
それに話すと雨久が怒りそうだ。雨久を怒らしていい事は無いし……。

「普通だろ、普通」

どうしようか迷っていると寝ていたはずの天々の声が。

「その普通が俺にはわかんないですけど」

どうやら起こしてしまったらしい。

「別に何も無いって事だよ。
喧嘩もねーし、良好良好」

「確かに喧嘩してる所は見た事ないけど……」

「喧嘩する理由もねーし――……」

大きく伸びると天々は立ちあがり、掃除の為着ていたジャージの上着を脱いだ。

「喧嘩しても続かねーんだよ。 俺も雨久も」

――……あぁ、なるほどな。

「喧嘩離れしている時間ってものすごく勿体ないだろ」

「まー確かにそうかもな、俺もあんま喧嘩とかしないし」

「そう言う事」

それだけ言うと天々は雨久のいる台所へと消えて行ってしまった。

「――……恋は盲目と言う奴だな」

それと同時に聞こえてきたのはそんな言葉だった。

「ごめん、起こした?」

「いや、」

のそのそと起き上がったのは雨露。

「でもその言葉がぴったりだよな、ふたり」

「余程の事が無い限り天々と雨久が喧嘩する事はないだろうのう」

確かにな――……。
あのふたりの間に嘘は無いだろうし、隠している事だって何も無いだろうから――……。

「平和でいいな」

「だな~」

雨久と天々が大喧嘩をする日なんてこの先も無いのだろうな――……。
それは雨露や雷梦も同じ事が言えるだろう。

ここに住む妖怪は皆、平和を好むから。
きっと明日も明後日も……こうして平和に過ごすのだろう。







騒。 終  フリリク企画/ゆき様

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