貢。










「おはようございます、雨露様」

俺の朝は身支度から始まり、朝食の支度、そして雨露様を起こす。

「ぐぅ……」

雨露様は驚くほどに朝が苦手でいらっしゃる。
一度や二度の揺さぶりお声がけでは絶対に起きない。

「雨露様、」

だからと言って俺は揺さ振りとお声がけを雨露様が起きられるまで続けることしかできない。

「雨露様、おはようございます」

でもなんだか今日は――……妙に手ごわい。

「――……困ったな」



 貢。
  雨久中心






あまり強く揺さぶりたくはないが――……いや、駄目だ。
雨露様を強く揺さぶるなど絶対にすべきことでは……。

「うッ!!!!」

「!!」

俺が考えていると突然目の前にいた雨露様が……転がっていった。

「あああああああ雨露様……!!」

なんだ、何が起こったんだ……。 転がり、そのまま動かない雨露様の元へ急いで駆け寄った。

「雨露様……」

傷はない……よかった――……。

「………………」

こんな事をするのは……。

「みこのみ……!!」

みこのみしかいない。

「雨露が起きない限り、俺に朝飯が当たらない」

「お前な…………」

確かに雨露様が起きるまで朝食は用意できない。
できないが転がす事は無いだろ……ましてや自分の主を……!!

「どうしてもっと優しくできないんだ!
お怪我でもされたら……」

「何万回と転がしてきたが傷を負わせた事は一度も無い」

なんていい顔で言うんだ……。

「、」

そうこうしていると雨露様は起きられたのか、体を起こされた。

「雨露様……おはようございます」

「――……ん」

「ほら見ろ、起きただろう。
だからいつも転がして起こせと言ってるのに」

「俺にそんな事できる訳ないだろ……」

俺がそんな事をするとでも思っているのか……。
俺には一生無理だ。

「よいのだぞ……俺など、転がして、水をかけて、蹴り倒しても……」

「俺にはそのような事できません……」

雨露様まで何をおっしゃるのか。

「そこがお前の――……いい所だな」

「あ、雨露様――……」

そんな朝からお言葉を頂けるなんて――……。

「う」

「早く起きて目を覚ませ」

俺の感動を邪魔するようにみこのみは雨露様のお顔を抓った。

「痛いぞ……みこのみ」

あぁ――……どうして雨露様はみこのみをお叱りにならないんですか。






「雨露様の頬が腫れていたらどうしよう……」

雨露様が顔を洗ってらっしゃる間に朝食の準備をしている訳だが……雨露様の頬が心配でたまらない……。

「大袈裟な奴だな……」

そしてみこのみも手伝ってくれている訳だが……。

「お前が抓ったんだろ……!」

「結果的に起きたじゃないか」

「それはそうだけど……けど!!」

確かにみこのみが来てくれたから雨露様も早く起きてくださった。
でもやり方が駄目だと俺は思う。

「気をつける」

「何回も聞いた……」

「今度からは優しく起こすようにする」

「何回も聞いた……!!」

「気持ちよさそうに眠る雨露を見るとな――……つい」

「意味がわからない」

どうしてそうなるんだ。
可愛らしい寝顔を甚振りたくなるなんて心境を疑う……。

「俺の事が可愛くて仕方がない癖に」

「雨露様……」

身支度を終えられたのか目を覚ました雨露様が立っていた。

「俺も何か手伝うぞ」

「いえ、雨露様はお座りになっていてください」

「邪魔だからな」

わかってる、わかってはいるんだ。
みこのみに何を言っても雨露様への態度が変わらない事なんて。

「俺だってできる」

雨露様だってお許しになっているんだ、俺だって……慣れ、

「お前の手の加えたものなんて絶対に食いたくない」

慣れ、

「食中毒にでもなったらどうするんだ」

「なる訳ないだろ……!! どうして雨露様にそんな事を言う……!!」

慣れる訳がないだろう、普通に。





「雨久、」

「?」

無事に朝食も済ませ食器も洗い終えた頃。
正座した雨露様が俺を呼んだ。

「どうかされましたか――……?」

雨露様は膝を叩くだけで何も仰らず……

………………
…………
……まずいな。雨露様が何を仰られているのかわからない。

「膝の上に頭を乗せろと言う意味だ」

「ひ、膝の上に……」

そんな俺を見かねたみこのみがそっと耳打ちをしてくれたが……。
雨露様のお膝の上に頭を、乗せる……?

「早くしてやれ、」

「で、でも俺にはそんな事……」

雨露様のお膝の上にだなんて……。

「雨男は大体あれをされる」

「………………」

確かに他の雨男が来た時、雨露様は必ず雨男を膝に乗せる。
それは久しぶりに会ったからであり、毎日おそばにいる俺には、

「早くしてやれ、拗ねるぞ」

「そ、それは困る……」

雨露様のご機嫌を損なうのは避けたい……。

く……。

「あ、あの……失礼、します」

こんな事があってもいいのかと思うが仕方ない。
雨露様が望まれるのなら、

「!」

失礼を承知で雨露様の膝に頭を預けると雨露様は優しく俺の髪を撫でた。

「、」

1秒前まで張りつめた体がいっきにほぐれていくような感覚がして――……。

「……猫みたいだな」

あまりの心地よさにうっとりしてしまう。

「可愛いだろう。
雨男を癒す一番の方法だぞ」

「、」

何か言いたいのに心地よさが先にきて言葉すら出てこない……。
雨露様のお膝がこんなにも素敵な空間だなんて知らなかった――……。

いや、そんな事ないじゃないか――……。
昔はよくこうしてもらったじゃないか――……。

薄れていた雨露様との思い出が蘇り心地よさが更に増す。

「どうじゃ雨久――……雨男になり長くを生きて」

「――……」

「幸せか――……?」

そんなの、

「幸せすぎて――……罰が当たってしまいそうです、」

勿論辛い事だってたくさんあった。
それでも幸せの数の方がずっとずっと多い。

「それは――……嬉しい事だのう」

「はい――……」

人間だった頃には考えられなかった幸せの形。
それは大切で、嬉しくて――……愛おしいものばかりだった。

それから暫く雨露様に撫でられる時間を過ごした。



「ッ!!」

しまった――……!!

「お、」

あまりにも心地よくて朝なのに俺は寝てしまった。

「……え」

体を起こした俺の目に入ったのは……

「て、てんてん……」

炬燵でくつろぎながらテレビを見る天々だった。

「おはよ」

「あ、おはよう……?」

天々が午前中に来るなんて珍しいな……。
いや、そこじゃない。

「雨露様は?」

俺は雨露様のお膝で寝ていたはずなのにいつの間にか枕に変わっている。

「ちょっと出てくるってみこのみと出てったから
多分雷梦も一緒」

「そ、そうだったのか……」

あぁ、どうして目が覚めなかったんだ――……。

「まぁ入れば」

「…………」

外は雪で庭掃除はできず、他の掃除はすでに終わっている。
今の俺にできる事と言えば天々の言葉に従う事くらいだ。

「ん」

炬燵に入ると天々から茶を出され、天々はと言えばお菓子を食べていた。

「ありがとう……」

天々の淹れてくれた茶は温かくて美味しかった。

「…………」

でも雨露様のお膝で寝てしまったうえにお出かけされる時も起きれなかった事がショックで……。

「……なんつーかあれらしいな」

「?」

「雨男って雨露に膝枕すると落ちるらしいな」

「……みたいだな、完全に落ちた」

「だから別に気にしなくていいんじゃねーの。
お前が立派な雨男っていう証拠なんだし」

「!」

「雨露も嬉しそうだったし」

「!!」

「寝顔も可愛かったし」

「……それはどう答えればいいのか困る」

天々がそう言ってくれるのは嬉しいが喜ぶべきなのかわからない。
口を開けて寝ていたかもしれないし……。

「気にするなって話」

「……雨露様が不愉快に思われていないなら」

雨露様が喜んでいらしたのなら……気にしないでおこう……。

「……あれ、」

なんだろうか――……。

「こんな炬燵布団あったっけ……」

普通に炬燵に入ったが炬燵布団が一枚内側に増えている。

「さっき敷いた」

「え?」

という事は天々が持ってきてくれたのだろうか。
このもふもふした触り心地のいい毛布を。

「ほら、お前水仕事する事多いからちょっとでも早く温まったらいいなと思って」

「天々……」

それは俺の為にという事……。

「そうだな、触り心地もいいし……ありがとう」

「まぁ俺の毛だから、」

「!?」

て、天々の毛……?

「はは、冗談だよ冗談。
さすがに自分の毛毟るとか痛くて無理」

「そういう冗談は心臓に悪い……」

本当だったらどうしようかと思ったじゃないか……。
毛の無い狐なんて……俺には想像すらできない。

「あ、でも――……」

「?」

天々は何かを思いついたようにお菓子を置くと……。

「!!!」

「こうしたら温かいかもな」

狐姿になり、俺の膝へとお座りしてくれたのだった。

「、ッ」

妖怪だからなのか天々は普通の狐よりも大きめだ。
それに毛ももふもふしていて、

「ぐぇ……!」

「くそ……ッ可愛くてたまらない……!!」

後ろ姿もたまらなく、可愛かった。

「なんなんだ、この毛の弾力……。
もう一生埋もれていたい――……」

冬のせいか以前触らしてくれた時よりもずっと毛が密だ。
あぁ――……四六時中こうしていたい。
ちょっと疲れたな、という時にふと隣を見てこんなもふもふの天々がいたら癒されて疲れなんてどこかへ吹き飛んでいくだろうな――……。
あぁ、ちょっと寝たいな……という時に抱かせてもらうのもいいな――……。

「まぁ冬だし、冬毛ってやつだな」

「可愛いな……冬毛」

こうして頬を寄せると更に癒されるし、温かい。

「はい、終了」

「あっ…………」

もふもふのぽかぽかに癒されていると天々は人型に戻ってしまったのだった。

「もうちょっと……」

「終了終了」

膝に乗ったまま戻ってしまったため、天々が俺の膝の上にお座りをしている状態で……。

「意地悪だな……」

丁度顔の位置に背中があったので頬を寄せた。

「こっちの俺の事ももうちょっと可愛がってくれてもいいと思いますけど」

「――……」

天々の声が背中から聞こえて――……これはこれで心地いい。
何度もこういう状態は経験済みだが毎回そう思う。

「どちらも天々じゃないか」

「本体はこっちなんだよ」

「元は狐なのに……?」

「狐姿で生活してきた時間よりもこっちでの生活の方が長いから
こっちが本体みたいなもんだろ。
それに前にも言ったけど……あんまり狐姿って好きじゃねーの」

「あんなに可愛いのに……」

そういえば前に狐姿だから天々のご両親は死んでしまったと言っていたな――……。
でも確かにそうかもしれない。
もし天々が狐姿で街中に出て車に轢かれたり、捕まえられたりでもしたら……。

「……雨久?」

俺の知らない所で天々が死んでしまったらなんて――……考えただけでぞっとする。

「――……なんか不安にするような事言った?」

俺の不安が伝わってしまったのか天々は膝から下りると俺の方へと体を向けた。

「、」

俺は雨男で、雨露様に命を捧げている。
だから天々が近くにいてもいなくても命を落とす事だってあり得る話だ。
それは天々にも伝えてある事で、分かっていた事だ。

――……でも俺は、俺の知らない所で天々が死んでしまうのは嫌だ。

「――……俺は自分勝手だな」

「?」

「天々が俺の知らない所で命を落とすのは――……嫌だと、思った」

「!」

「俺はいつどこで命を落とすかもわからないのに、」

自分はよくて天々は駄目なんて――……自分勝手だ。
天々は了承してくれたのに、

「――……大丈夫だよ」

「――……」

天々の指が頬へと触れた。

「お前がいる所に俺は大体いてるんだし」

「――……」

「まぁ、そこらで死にかけてもがんばってお前の所まで帰るから」

「――……そうしてくれると、ありがたい」

「――……」

天々は少しだけ口元を緩め軽く、唇を重ねた。

「、」

――……あぁ、なんだかもう少しだけこうしていたいな。
ここが居間で午前中だという事はわかっているのに天々から伝わる温もりが愛おしくて離れがたくなってしまった。

「――……」

「ッ、!」

唇が触れたまま押し倒され抵抗する事なく深くなった口づけを受け入れた。

「――……もうちょっと?」

俺の欲を感じってくれたのか天々から出てきたのはそんな言葉だった。

「もうちょ……」

そう言いかけた時だった。

「たっだいま~!!」

勢いよく襖が開き、雷梦様が現れたのは。

「、ッぅ」

反射的に体を起こしてしまい、天々を押し戻すような形になってしまったが……
仕方ない。

「…………」

そして雨露様と、

「………………」

みこのみも。
どうやら帰宅されたようだ。

「おかえりなさいませ」

天々が膝の上にいる為動けず、失礼なお出迎えになってしまった……。

「なんなんだよお前らタイミング悪いな」

「居間で致そうとしている方が悪いのじゃ」

――……致す?

………………。

「ち、違います……!!!!
俺はただ、」

俺はただ、もう少しだけ天々と一緒にいたかっただけで事に及ぼうとした訳では無いのに……。
いやでもそうなる……のか?

「俺は、」

誤解を招いてしまったが理由を言うには恥ずかしすぎてそのまま口を閉じてしまった。

「雨久には悪いが夜まで我慢してくれ」

何を言って誤解を解けばいいのかわからず、天々の胸板にだけ違うのにと言っておいた。

「そうそう。雨久には手伝ってもらわないといけないし」

「?」

俺が手伝う……?

「じゃーーーん!!」

「!!?」

雷梦様が何かを机の上に乗せ……

……え?

「お前らは漁かなんかに行ってたわけ……?」

天々がそう言うのも無理はない。

「んな訳ないだろ。 買ってきたんだよ」

雷梦様が机の上に置かれたのは大量の魚介類だった。

「だから雨久にも下準備手伝ってもらうから天々はあっちでお座り」

「……犬じゃねーんだけど」

なんて言いながらも天々は言われた通り俺から離れたのだった。

「すごい量ですね――……」

「雨久にいっぱい食べてもらおーと思って」

理由はよくわからないが雷梦様は高頻度で俺に何かを食べさせてくれる。

「ありがとうございます――……」

「いつも食わせてもらってるし……って結局雨久に手伝ってもらうから一緒なんだけどな~」

そう笑いながら雷梦様は台所へと入られ、俺も後を追った。






「……どうして雷梦は雨久に何かと食わしたがるんだ」

ふたりが台所に入ってすぐにみこのみが口を開いた。

「あー、あれは雷梦の癖みたいなもんだろ」

「癖?」

「人間だった頃に与えられなかったものを与えたいっていう雷梦の気持ち。
……それが癖みたいになったって話」

楽しく皆で食宅を囲む事なんて人間だった頃の雨久にはあり得ない話だ。 それに食事だっていいものではなかったはず。 だから雷梦はそれを雨久にあげたいとずっと昔に言っていた。
「――……そういう事か」

雨久が人間だったのはもう気の遠くなるほど昔の話。
だから今はもう気にする事は無いが――……ずっとそうしてきたせいか今となっては
それが雷梦の癖になってしまったらしい。
俺としては雨久を大切にしてくれる雷梦の気持ちはありがたく嬉しい事だ。

「でもそれなら天々も同じなんじゃないのか」

「俺?」

「雨久に貢いでいるじゃないか。 これとか、あれとか、それとか」

みこのみがあちらこちらを指を指し、それはどれもこれも天々が雨久にと持ってきた物だった。
俺達が暖をとっているこの炬燵布団は今朝天々が雨久へと、
そしてあそこにある襟巻も天々が雨久へ。
そしてそしてそこの急須も。

「ほう……天々には貢ぎ癖があったとは知らなかった」

「変な言い方すんな。貢いでるんじゃなくてプレゼントしてるんだよ」

「馬鹿だな天々。
世間一般ではそれを貢いでいるというんだぞ」

「俺と雨久は番関係だから該当しねーの。
つかお前らこそ貢いでるだろ」

「?」

「着物とかそういうの」

確かに俺もみこのみも雨久に着物や洋服を送ることも多々あるが――……。

「なんというか――……雨久に似合いそうだと思うとつい買ってしまうのだ」

「俺はいつも世話になっているからそれの礼としてだ」

「ほらみろお前らの方が貢いでるだろ」

「――……なんとびっくり。本当じゃ」

これが貢ぐという事なのか……。
けれど雨久は何を着せてもよく似合う。
だから――……つい買ってしまう。

「全員雨久の貢ぎ係って事で話終わりにしてもらっていい?」

話が少し切れてしまった所で雷梦が台所から顔を出した。
……どうやら今の会話は聞こえていたようだ。
雨久は……

「……………………」

――……なんとも真っ赤な耳をして俯いていた。
それを励ます様に雷梦が背を叩いた。

「雨久、一つ言っておくが」

「は…………」

「俺達がお前に物を与えるのはお前の事が可愛くて仕方がないからじゃ」

「ありがとう、ございます……」

……なんだろうか、歯切れが悪いな。
俺達からすれば雨久は可愛い可愛い子供のようなものなんだが――……。

「可笑しな事ではないぞ。
天々は違うが俺達からすればお前は可愛い子供同然で
それを甘やかしたくなるのは当然の事じゃ。
それにお前はいつもよく働いてくれているのだから――……」

「もうやめてあげろって」

言最後まで言う前に雷梦に止められた。
……何故?

「雨久が水分不足で死んじゃう」

そう言われて雨久は見れば、

「――……」

大洪水になるかの如く涙を流していた。

「すっげーな」

「だって……」

顔から出る物全てが出ていると言ってもいいくらいだな……。

「そんなお言葉を、頂けるなんて……」

「雨久は大袈裟だのう」

そんな泣いて喜ぶほどの事でも無いような気がするが……雨久的にはそうらしい。

「、」

わんわんと泣く雨久が可笑しくって、それはこの場にいる皆も同じようで口元が緩んでいたのだった。





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